JR鹿沼駅前に「シウマイ像」が誕生しました!
鹿沼市は、シウマイで有名な横浜の「崎陽軒」の初代社長の出身地という縁があり、崎陽軒と共同で「シューマイのまち」を目指しています。
シウマイ像は、鹿沼商工会議所の創立75周年記念事業一環として作成されました。
崎陽軒では「シューマイ」ではなく「シウマイ」と呼ぶのは、初代社長の栃木訛りが由来だそうです。
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シウマイ像の場所は
シウマイ像は、JR鹿沼駅前のロータリーにあります。
鹿沼には、JR日光線の「鹿沼駅」と東武日光線の「新鹿沼駅」があるのでご注意を。
シウマイ像の形状は
シウマイ像は、東京芸術大の非常勤講師である石井琢郎さんが作成を担当。
長さ2.8mの鹿沼産深岩石(ふかいわいし)が四つ組み合わせられます。
鹿沼石は大谷石同様に脆く、これだけ長細いものは珍しいそうです。
一見シウマイには見えない形式は、シウマイを握ってつくる様子をイメージしたそう。
中心部分が気になりますが空洞です。
上面はこんな感じ。
土台には、シウマイ像の由来が書かれたプレートが埋め込まれています。
鹿沼は崎陽軒初代社長のふるさと
でもなぜ鹿沼にシューマイ像?それは、シウマイで有名な「崎陽軒」の初代社長の野波茂吉(のなみもきち)が鹿沼の出身という縁から生まれました。
ところで、崎陽軒では「シューマイ」ではなく「シウマイ」と言います。
鹿沼出身の初代社長が栃木弁で「シーマイ」と訛って発音しており、中国人の社員からも本場の発音と似ているということから、そのまま「シウマイ」になりました。
崎陽軒のシウマイって?
崎陽軒は神奈川県横浜市に本社をもつ、焼売の製造販売やレストランを経営している会社です。
特にシウマイ弁当は有名で、1日に二万三千個販売し日本で最も多く売れている駅弁です。
創業は1908年、当初は横浜駅の構内でキオスクの様なお店として創業しました。
1915年より駅弁の販売を開始。横浜名物とするべく中華街で見た焼売ヒントにをシウマイ弁当を開発しました。
現在では、横浜は焼売の消費量日本一となりました。
餃子と焼売だと、全国どこでも餃子の消費額の方が大きいのですが、唯一横浜だけは焼売の方が消費されています。
鹿沼をシウマイの街に!
鹿沼市では、シウマイをつかっての町おこしを目指しています。
市内の飲食店では、崎陽軒の社員が指導しシウマイがメニューに並びます。
商工会議所では、シウマイを提供するお店のガイドを作成。
これからの「シウマイのまち・鹿沼」が楽しみです。
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